旅人たちの紡歌

ずっと一緒でいてね

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 ねえ、真紀。
 真紀とわたしは顔も、声も、髪型も服装も同じで。
 ちょっとした仕草も、好きな食べ物も、お気に入りの音楽も同じだよね。
 男の子のタイプまで同じだってわかったときは、顔を見合わせて笑っちゃったよね。
 ねえ、真紀。
 大切な大切な、双子の妹。
 これまでずっと一緒でいて、同じ時を過ごしてきたよね?
 何もかも同じのわたしたちは、これからだって、ずっと、ずうっと、一緒のはずよね?

「行ってきまあす」
 できたてほやほやのオムレツに、温かいミネストローネ。わたしの大好きなメニュー。
 のんびりと朝食をとっているわたしを置いて、真紀はいつも先に玄関を駆け抜けていったよね。
「行ってらっしゃい」
 わたしの言葉、まだ聞いているかな? なんて思いながら、姿の見えない真紀へエールをこめて声をかけてるんだよ。
 朝練、いつもお疲れさま。
「部活もいいけれど、勉強もちゃんとやってくれないとねえ」
 なんてお母さんとのやりとりがあることも、真紀は当然知らないんだよね。
 あと半年もしたら、とうとう大学受験。部活にばっかり力を入れて、勉強がおそろかになってないか、ってお母さんはとても心配してたんだよ。
「真紀は勉強ができるから大丈夫よ、お母さん」
 そんなときは決まってわたしがフォローを入れるけれど、本心からそう思っているんだよ。
 ねえ、真紀。
 何もかも一緒だったわたしたちだけれど、いつ頃からだったかな。もう覚えていないけれど、学校の成績は次第にかけ離れていったよね。
 あ、別に真紀を責めているわけでも、嫌味を言っているわけでもないよ。だって、真紀のせいなんかじゃないもの。当然よね。
「そうかしらね。……優紀、あのね」
 真紀について話すときとは真逆、わたしのときは、お母さんは決まって心配を滲ませたような声をするの。
 表情なんて見なくても、どんな顔をしているか簡単に想像できるわ。その後に続くであろう言葉だって、簡単に。
 そんな話、聞きたくなくて。わたしは決まって部屋に逃げ込むのよ。
 知らなかったでしょ。だってお母さん、真紀がいるときには絶対そんな話しないもの。
 ねえ、真紀。
 顔も、声も、髪型も服装も同じ。
 ちょっとした仕草も、好きな食べ物も、お気に入りの音楽だって同じ、だったはずなのに。
 まるで光と闇みたいね。真紀が光で、わたしが闇。……やだ、ちょっと、笑ってよ。だって本当のことじゃない。
 ――どうして食い違ってしまったんだろうね、わたしたちの道は。

 ねえ、真紀――覚えているよね?
 いつも部活で遅くに帰ってくる真紀がめずらしく家にいた、あの日。
 玄関を開けるなり台所から軽快な鼻歌が聞こえてきたから、びっくりしちゃったよ。
「どうしたの? こんな時間に珍しい」
 なんて声をかけたけれど、わたしの思考はもう別のことに移っていたんだよ。
 台所に充満する、香ばしい匂い。
「あっ、優紀……。あの、これは、えっとその」
 うろたえる真紀、なんだか可愛かったな。
 あ、顔は一緒だけれど、自画自賛しているわけじゃないよ。真紀は昔から愛嬌というのかな、人に可愛がられるような雰囲気があったよね。
 って、何を言わせるのよ、もう。
 とにかく、じじじじ、ちーんって音をたてるオーブンで、はっはーん。お姉さん察しちゃったわけよ。
「なーに作ってるの? さては好きなヤツにでもあげるとか」
「えっ、違っ、あっ違わないけれど、あの、えっと、違うの、これは練習で」
 真紀ったら、その反応はちょっとわかりやすすぎよ。
「クッキー? ちょっと味見させてよ」
「えっ、いや、練習始めたばっかりだから、たぶん美味しくないし」
「いいじゃん。味見してあげるよ」
「あっ、あの……熱いから、気をつけて」
 むりやり奪った、真紀の初めてのクッキー。ずいぶん謙遜していたけれど、普通に美味しかったよ。
 舌の上でさあっと溶けていく、チョコレート味。ちょっとだけ焦げた味がしたけれど、それも手作りのあたたかみっていうのかな。頑張りが伝わってきたよ。
 真紀、料理もできたんだね。わたし、料理はいまだに恐くてできないな。……もう、だから笑ってってば。わたしが笑っているんだから、真紀だって笑わなきゃだめだよ。
 だってわたしたち、双子でしょう?
 ……なあんて、話がそれちゃったね。どこまで話したっけ?
 そうそう、クッキー。
 どうしてまたクッキーなんか作りだしたんだろう? 半袖を着ていても汗ばむ、夏真っ盛りの六月。練習だとしても、クリスマスにはまだ気が早すぎる頃、だったよね。
「ええっと、それは、そのー……なんていうか……誕生日、で」
「ほう、誕生日! で、いつなの?」
「あーもういいから! いいから優紀は部屋に戻ってて!」
「はいはい」
 そうやってわたしのこと、強引に台所から閉め出したよね。
 真紀の初々しい反応が聞きたくて、ついつい質問しちゃうわたしのこと、いじわるだなって思った?
 だって、あんな浮かれた声の真紀、すっごく久しぶりだったんだから。
 ねえ、自分で気づいているのかどうかわからないけれど、ここ数年ずっとどこか思いつめたような、自分を極端に押し殺したような様子、わたしすごく気がかりにしてたんだよ。
 え? 自覚がなかった?
 だと思った。けれど本当のことだよ。だって、部活部活部活、って部活に打ち込んでいるのも、なんだか逃げているというか、余計なことを考えまいとしているみたいだったもの。
 だからね、どこの誰だか知らないけれど、真紀が男の子のために何かをしたいって思って生き生きと輝いているのは、お姉さん、とっても嬉しかったんだ。
 ずっと一緒だった真紀が別の世界に行ってしまうかも、っていう嫉妬みたいな感情も、ないわけじゃなかったけれどさ。それ以上に、わたしは真紀の幸せを願っている。
 真紀はもっと、自由に生きてもいいんだよ。
 そりゃあ、いろいろと縛られることはあるけれどさ。例えばお母さんが気にしている将来のこととか、ね。
 でも、周りがどうとか、そんなことは気にしないでいいんだよ。真紀は、真紀の人生を歩めばいいんだよ。光に満ちあふれた、その道を。
 ね、そうでしょう? 大好きな大好きな、わたしの双子の片割れ。

 それからは毎日毎日、あ、毎日は言いすぎかな。でも、じじじじ、ちーんってオーブンが音を立てるたびに、香ばしい匂いに誘われるように、わたしは真紀の味見役をつとめてきたよね。
 単にクッキーが食べたかっただけじゃないの、って、いま心の中で言ったでしょ。お姉さんはなんでもお見通しよ。まあ確かに、そんな気持ちはぜんぜんなかったって言ったら嘘だけれどね。
 でもね、やっぱり真紀を応援したいって気持ちが強かったんだよ。
 日によってまったく違う味わいがするクッキーは、真紀の心の揺れ動きを表しているような気がして。ちょっぴりほろ苦かったり、とびきり甘かったり、ね。
 そのたびに、何があったのかな、進展はあったのかな、って想像してたんだよ。真紀は恥ずかしがってかそれとも別の理由でなのか、かたくなに何も教えてくれなかったけれど、ね。
 クッキー作りを始めてから、真紀はだいぶ変わったよ。恋をすると女の子は変わる、なあんて言うとまた恥ずかしがるだろうから、言わないけれど。
 ずうっと真紀の心を覆っていた分厚いヴェールが、すうーって取り払われていく感じ。くるくると色めく感情が、そのまま声になってわたしの耳を優しくなでるの。
 やっぱり真紀は、自分の気持ちを素直に出した方が可愛いよ。お世辞とかじゃなくて、本当にそう。好きな男の子のために一喜一憂したり、クッキー作りをがんばったり。部活にだって夢中になって、ちょっぴり勉強もがんばって。
 きらきらと、まばゆいばかりにきらめく真紀。
 双子の片割れ、大切な大切な、わたしの妹。
 ああ、真紀。やっぱりわたし、あなたが大好きよ。
 だから。
 一緒がいいの。――ずっと。

 初めてクッキーを味見した日から、ちょうど一ヶ月経った頃、だったよね。
 よく覚えているね、って? 当たり前じゃない。真紀とおんなじくらい、わたしだって緊張してたんだよ。
「優紀、優紀、優紀ー!」
 部屋の扉を開けるなり、むにゅう、なんて効果音がつきそうな勢いで飛びついてきたから。もう、何かと思ったよ。
「優紀ありがとう、ありがとうってばー!」
「ちょ、なんなの、いいから、わかったから、ちょっと、痛いから」
 なあんて迷惑そうに振り払っちゃったけれど、そのときのわたしの口元がもんのっすごいにやにや緩んでたの、気づいてた?
 だって真紀、わかりやすすぎるんだもの。
 いつも一定のテンションを保って、上辺だけのきれいな言葉で自分のこと守ってた今までの真紀とは、まるで別人。
 短い間で、こんなに変わっちゃえるものなんだね、ってなんだか妙に感慨深かったよ。
 あらためて、恋の力ってすごい。真紀をここまで夢中にさせちゃった、顔も知らない男の子に感謝、だね。
「で、なに? 告ったの? ちゅーしたの?」
「へっ? ちゅ、ちゅーとか! やだ! ばか! ぜんぜんそんなんじゃないよ!」
「なんだつまんないの」
「でもねでもね、美味しいって言ってくれたの。ありがとうって、言ってくれたの! もうもうもう、優紀のおかげなんだから、もう!」
 ぽかぽかぽか、ってわたしの肩を叩きまくってた真紀、それ、感謝している人のすることじゃないよね。
 なあんて、嘘だよ。
 どすっ、どすっ、ってあちこちに体当たりをかましながら部屋の中を暴れ回るなんて、まるで漫画のキャラクターみたいなことをやってのけるんだもの。
 面白かったし、とっても可愛かったなぁ、そのときの真紀。
 少しは、力になれたのかな。なれたんだったら、嬉しいな。
 わたしのちっぽけな応援が、真紀に幸せを運んでくる手助けになるなら、それ以上のことはないよ。本当だよ。
 だって、大好きな真紀のためなんだもの。
 真紀のためなら。真紀のためだったら。
 わたし、なんだってするわ。

 光のない道を、闇ばかりの道を手探りで進むことには、もうとっくに慣れちゃった。
 そんなわたしとは対照的に、勉強も、部活も、はては恋まで手に入れようとしてる、双子の妹、真紀。
 そう、あなたよ。あなたのことよ。
 わたしは真紀の幸せを願っている。
 大好きなあなたが光の道をゆくこと、自分のことのように嬉しいわ。
 でも、おかしいじゃない?
 真紀とわたしは顔も、声も、髪型も服装も同じで。
 ちょっとした仕草も、好きな食べ物も、お気に入りの音楽も同じ。
 好きな男の子のタイプだって同じなのに。
 大切な大切な、双子の片割れ。
 なのに。
 ――どうしてわたしの世界にだけ、光がないんだろうね?

 ねえ、真紀、知ってる? 目が見えなくたって、買い物はできるんだよ。
 ほら、真紀がよく通っている、あの薬局。通い続けていれば、店員さんも覚えてくれるんだよね。
 今では、わたしがお店に入ったとたんに、さっと近寄ってきて声をかけてくれるの。
 わたしと間違えて、声をかけられたりしたこと、なかった?
 ――ねえ、どうしてまたそうやって凍りついちゃうの。
 真紀が気にすることじゃない、でしょう?
 だって、真紀のせいでも、なんでもないんだもの。悪いのは、病気。わたしから光を奪っていったのは、真紀じゃなくて病気でしょう?
 高校一年生の春、本当に入学したての頃、だったよね。最後に見た真紀の顔、まだはっきり覚えているよ。
 あの時から、少しは変わったのかな? 大人っぽくなった真紀、見てみたかったなあ。
 真紀が高校に入ってから始めたバレーボール、結局いちども試合を観ることができなかったね。
 その部活で知り合った男の子と恋に落ちるなんて、とっても素敵じゃない?
 え? やだ、嫉妬なんてしてないわよ。
 そりゃあ、いいなあって思うことはあるけれど。それは花を見て、きれいだなあって思うのと同じよ。だからといって、花になりたいだなんて思わないじゃない?
 だから真紀は、なんにも気にしなくていいの。
 なあんにも、気にしなくていいんだよ。

 ねえ、真紀。
 引き出しの中、昔のまま変わっていないんだね。覚えているかな? 昔はよく、ペンやメモ帳の貸し借りをしてたよね。
 その頃からずっと変わらず同じ場所にしまってあったから、すぐにわかったよ。右側の引き出しの一番手前側に、ちょこんって置いてあるでしょ。真紀の愛用している、熊のイラストがトレードマークの、洗眼薬。
 家に帰ってきて、手を洗ったら、その次に目を洗う。それが真紀の日課だったよね。
 お姉さん、なんでも知っているのよ。大好きな、大好きな真紀のことなら、なあんでも。
 ねえ、真紀。
 真紀とわたしは顔も、声も、髪型も服装も同じで。
 ちょっとした仕草も、好きな食べ物も、お気に入りの音楽も同じだよね。
 男の子のタイプまで同じだってわかったときは、顔を見合わせて笑っちゃったよね。
 ねえ、真紀。
 大切な大切な、わたしの双子の妹。
 何もかもが同じだったはずなのに、真紀の世界は光にあふれていて、わたしの世界は暗く閉ざされている。
 そのことをずっと気に病んで、気を遣って、自分を押し殺して生きてきたんだよね。お姉さん、気づいてたんだからね。優しい、優しい、真紀。
 だけどもう、その必要はないんだよ。
 あと二時間もすれば、真紀は帰ってくるよね。いつものように手を洗って、それからこれで目を洗うよね。
 中身になにか別のものが混ざりこんでいるだなんて、これっぽっちも疑うことなく。
 だからもう、なんにも気にしなくていいんだよ。
 すぐに、真紀を導いてあげるから。
 わたしと同じ、光のない世界へ。

 ――ねえ、真紀。
 大切な大切な、双子の片割れ。
 わたし、真紀が大好きよ。
 だから、ずっと一緒でいてね。


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